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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)3477号 判決 1984年4月09日

原告

積水ハウス株式会社

右代表者

田鍋健

右訴訟代理人

成富睦夫

被告

有限会社松岡興産

右代表者

松岡国男

被告

座親貴久

被告

瀬川正則

右三名訴訟代理人

田中義信

主文

一  被告有限会社松岡興産と被告座親貴久との間において、被告有限会社松岡興産を賃貸人、被告座親貴久を賃借人とする次の賃貸借契約は存在しないことを確認する。

1  別紙物件目録一記載の建物について、期間三年、賃料一か月一平方メートル二〇円、期間中賃料全額前払い、譲渡、転貸ができる特約をもつて昭和五六年三月二〇日締結された賃貸借契約

2  別紙物件目録二記載の土地について期間五年、賃料一か月一平方メートル二〇円、期間中賃料前払い、譲渡、転貸ができる特約をもつて昭和五六年三月二〇日締結された賃貸借契約

二  被告座親貴久は、別紙物件目録一記載の建物につきなされた賃貸人被告有限会社松岡興産、賃借人被告座親貴久間の別紙登記目録一記載の賃借権設定登記、別紙物件目録二記載の土地につきなされた賃貸人被告有限会社松岡興産、賃借人被告座親貴久間の別紙登記目録二記載の賃借権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

三  被告有限会社松岡興産と被告瀬川正則との間において、別紙目録一記載の建物について、昭和五六年七月一日被告有限会社松岡興産の賃貸人、被告瀬川正則を賃借人とし、期間三か年、賃料一か月金一〇万円、期間中全額前払い、敷金三〇〇万円をもつて締結された賃貸借契約は存在しないことを確認する。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし第三項、第五項と同旨

2  被告有限会社松岡興産(以下「被告松岡興産」という。)と被告座親貴久(以下「被告座親」という。)との間において、昭和五六年三月二〇日、被告松岡興産を賃貸人、被告座親を賃借人として、別紙物件目録一記載の建物について、期間三年、賃料一か月一平方メートル二〇円、期間中賃料全額前払い、譲渡、転貸ができる特約をもつて締結された賃貸借契約、同じく物件目録二記載の土地について、期間五年、賃料一平方メートル一月金二〇円、期間中賃料前払い、譲渡、転貸ができる特約をもつて締結された賃貸借契約はそれぞれ解除する。

3  被告松岡興産と被告瀬川正則(以下「被告瀬川」という。)との間において、昭和五六年七月一日、被告松岡興産を賃貸人、被告座親を賃借人として、別紙物件目録一記載の建物について、期間三年、賃料一か月金一〇万円、期間中全額前払い、敷金三〇〇万円をもつて締結された賃貸借契約はこれを解除する。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  訴外株式会社日本長期信用銀行(以下「訴外銀行」という。)は、昭和五三年八月二六日、訴外尾中健二郎(以下「訴外尾中」という。)に対し、三六五〇万円を、利息年7.74パーセント、二〇年償還、期限の利益喪失約款付き、遅延損害金年一四パーセントの約定で貸し渡し、原告は、その頃、訴外尾中の委託を受けて、同人の訴外銀行に対する債務につき、連帯して保証する旨を約した。

(二)  原告は、昭和五三年一二月二三日、訴外尾中との間で、原告の同人に対する求償債権を担保するため、その所有にかかる別紙物件目録記載一、二の土地建物(以下「本件土地建物」という。)にそれぞれ抵当権を設定し、同日、その旨の抵当権(順位一番)設定登記を経由した。

2(一)  訴外銀行は、昭和五四年一月二六日、訴外尾中に対し、一〇〇〇万円を利息年7.74パーセント、二〇年償還、期限の利益喪失約款付き、遅延損害金年一四パーセントの約定で貸し渡し、原告は、その頃、訴外尾中の委託を受けて、同人の訴外銀行に対する債務につき、連帯して保証する旨を約した。

(二)  原告は、昭和五四年二月一六日、訴外尾中との間で原告の同人に対する求償債権を担保するため、その所有にかかる本件土地建物にそれぞれ抵当権を設定し、同日、その旨の抵当権(順位二番)設定登記を経由した。

3(一)  訴外尾中は、右各抵当権設定登記後である昭和五六年三月二〇日、被告座親に対し、本件建物につき、別紙登記目録一記載の、本件土地につき同目録二記載のとおりの約定で賃貸し、昭和五六年六月一一日、登記目録一、二記載のとおりの各賃借権設定登記を経由した。

(二)  訴外尾中は、昭和五六年六月一二日、被告松岡興産に本件土地建物を売り渡し、同被告が右賃貸借契約上の地位を承継した。

4  被告松岡興産は、昭和五六年七月一日、被告瀬川正則(以下「被告瀬川」という。)に対し、本件建物を、期間三年、賃料月額金一〇万円(全額前払い)敷金三〇〇万円の条件で賃貸し、その引渡を了した。

5  原告は、訴外尾中が昭和五五年一〇月からの償還金の支払期日を徒過したので、訴外銀行から連帯保証債務の履行請求を受け、昭和五六年七月二七日、前記1、2の各債務につき、合計四七三五万一、二三三円を訴外銀行に支払つた。原告は、訴外尾中に対し、本件各抵当権の被担保債権として合計四七三五万一、二三三円の求償債権を有しており、右各抵当権の実行によつて、昭和五六年一〇月一四日、本件土地建物に対する当庁の不動産競売開始決定(昭和五六年(ケ)第四七六号)がなされ、目下競売手続進行中である。

6  被告座親、同瀬川の右各賃借権は、いずれも民法三九五条所定の期間内のものではあるが、本件土地建物の価額は、右競売手続における最低売却価額をみても四二九四万円であつて原告の右抵当債権額に満たないのに、仮に右各賃借権が附着すれば二五九九万一八七八円となり、更に今後の売却価額の値下りを来すこともありうる。また、別個になした鑑定の結果によれば本件土地建物の価額は三六四九万七〇〇〇円(賃借権付なら二三九七万一〇〇〇円)である。しかも、右賃借権はいずれも賃料全額前払いの特約があり、被告瀬川については敷金三〇〇万円の授受がなされている。

7(一)  ところで、本件土地建物に対する右競売事件の物件明細書には、本件土地建物に関し売却により効力を失わない賃借権は「なし」と記載されている。

(二)  訴外尾中と被告座親との本件土地建物に対する賃貸借契約は、訴外尾中が訴外銀行に対する償還金の支払期日を数回徒過した後に締結され、原告の訴外銀行に対する代位弁済の直前に登記がなされている。また、その賃貸借契約の内容も本件土地建物の価額からして賃料が低廉すぎることや、期間中の賃料全額前払で、賃借権の譲渡、転貸ができることになつている。しかも、被告座親は、本件土地建物を現実に占有していない。これらの事実によれば、右賃貸借契約は抵当権者、買受人に著しく不利益なもので、抵当権の実行を妨害するために設定された、いわゆる「詐害的短期賃貸借」であつて、公序良俗に反し無効である。

(三)  被告松岡興産と被告瀬川との本件建物に対する賃貸借契約は、賃料が一か月一〇万円である他前記(二)と同様の内容の賃貸借契約であるし、その授受したと称する敷金も三〇〇万円か五〇〇万円か不明であつたり、賃借期間も三年か五年か(五年なら当然民法六〇三条の期間を超えるので短期賃貸借として保護されない。)分らないというもので、右賃貸借契約は虚偽性が強く、前記(二)と同様抵当権の実行を妨害するために設定された「詐害的短期賃借権」に該当し、公序良俗に反し無効である。

よつて、原告は抵当権者としてその損害を免れるべく民法三九五条但書の規定により被告らに対し前記各賃貸借契約の解除を求めるとともに、被告らの間の右賃貸借契約が無効であることの確認を求め、被告座親に対し、前記賃借権設定登記の抹消登記手続を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2は不知。

2  同3、4は認める。

3  同5のうち、原告が訴外尾中に対する求償債権に基づき本件土地建物につき抵当権により競売の申立をなし、昭和五六年一〇月一四日不動産競売開始決定がなされ、目下競売手続が進行中である事実は認めその余は不知。

4  同6、7は否認する。ただし、同7(二)のうち被告座親が本件土地建物を占有していないことは認める。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1、2については、<証拠>によりこれを認めることができる。

二請求原因3、4は、当事者間に争いがない。

三請求原因5のうち、原告が訴外尾中に対する求償債権に基づき本件土地建物につき抵当権により競売の申立をなし、昭和五六年一〇月一四日不動産競売開始決定がなされ、目下競売手続が進行中であることは当事者間に争いがなく、その余の事実は、弁論の全趣旨、及び<証拠>によりこれを認めることができる。

四請求原因7について判断する。同7(一)は<証拠>によりこれを認めることができる。

同7(二)のうち、被告座親が本件土地建物を占有していないことは当事者間に争いなく、前記二の認定事実、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1 訴外尾中は、昭和五五年一〇月分から訴外銀行に対する償還金の支払いを怠つているが、その後である昭和五六年六月一一日、被告座親に対し、同年三月二〇日の設定契約を原因として本件土地建物に別紙登記目録のとおりの賃借権設定登記を経由した。

2 ところが、その賃貸借契約は、本件土地建物の価額(土地一四三〇万円、建物二八〇〇万円)に比して極めて低廉(一平方メートル二〇円)であり(なお、賃料全額前払い)、しかも、譲渡、転貸ができるとの特約まであるという賃貸人に極めて不利なものである。

3 訴外尾中は、昭和五六年六月一五日、同月一二日の売買を原因として本件土地建物につき被告松岡興産に所有権移転登記を経由しているが、被告座親は本件土地建物を使用占有したことはない。

4 なお、原告は、本件土地建物に対し競売の申立をし、昭和五六年一〇月一四日不動産競売開始決定を得、その物件明細書では買受人の引受くべき賃借権はなしと記載されているが、今日まで本件土地建物が競落されたことはない。

右事実によれば、本件(短期)賃貸借は、その設定の経緯、賃貸借契約の内容、その後本件土地建物の使用状況から考えると、到底正常な短期賃貸借とは認められず、原告の本件土地建物に対する抵当権の実行を妨害するためになされたものと推認すべきであり、短期賃貸借制度の濫用として無効というべきである。

同7(三)について判断する。前記一ないし四の認定事実、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1 被告松岡興産は、本件土地建物の所有権を取得して直後の昭和五六年七月一日、被告瀬川との間で、本件建物の賃貸借契約を締結し、現在、同被告が家族と共に本件建物に入居している。

2 しかし、右賃貸借契約は、賃料が月額一〇万円で三年間の期間中全額前払いで、別に敷金三〇〇万円の授受もなされていると称するが、前段の1ないし3の事情のもとではかかる不利益な条件を承諾してわざわざ賃借するとは不自然である。

3 被告瀬川自身、本件建物の賃借条件について執行官の現況調査に対し前記のとおり回答するかと思うと、評価人の調査に対しては賃借期間五年、敷金五〇〇万円と回答する等、真実賃貸借契約を締結したのか疑わしい。

右事実によれば、右(短期)賃貸借契約も、その設定の経緯、賃貸借契約の内容から考えると、到底正常な短期賃貸借とは認められず、虚偽性の強い原告の本件土地建物に対する抵当権の実行を妨害するためになされたものと推認すべきであり、同じく短期賃貸借制度の濫用として無効というべきである。

五請求原因6については、本件各賃貸借契約が無効である以上、その解除をも併わせて求めることは理由がない。

六以上の事実によれば、本訴請求のうち、賃貸借契約の不存在確認及び被告座親に対し賃借権設定登記の抹消登記を求めることは理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(有吉一郎)

物件目録

一 所在 福岡市西区姪浜町壱五〇八番地壱

家屋番号 壱五〇八番壱

種類 居宅・工場

構造 軽量鉄骨造亜鉛メッキ鋼板葺弐階建

床面積 壱階 139.12平方メートル

弐階 122.44平方メートル

二 所在 福岡市西区姪浜町

地番 壱五〇八番壱

地目 宅地

地積 267.00平方メートル

登記目録

一 賃借権設定 昭和五六年六月壱壱日受付第弐四四七四号

原因 昭和五六年参月弐〇日設定

借賃 壱平方メートル壱月金弐拾円

支払期 全額前払

存続期間 満参年

特約 譲渡、転貸ができる

二 賃借権設定 (前記一に同じ)

存続期間 満五年

他の要件は前記一に同じ

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